Bewildered




「なぜ髪を伸ばすのですか?」

「なぜって? 君だって同じじゃないか」

「だってあんまり目立ちますよ、貴方の金髪は」


あんまり、綺麗すぎて。


長い足を組んで書類に目を走らせていたフレデリックは不可解そうに眉根を寄せた。
海色の双眸が意思を持って自分の方へ向けられたことに些か驚いた。この世で最も洗練された、躍動的な美しさを納めた一枚の写真を見ているような気持ちになっていたから、彼の瞳がなんらかの感情をのせて自分を射抜いたことに驚いたのだ。
瞬きをしてその視線を遮り、ロックウェルは微かに首を傾げた。


「戦闘の時なんか不便じゃないですか? 私が敵だったら真っ先にあなたを狙いますよ。目につくし、女性のように見えなくもないし」

「それって……私のせいというより、君個人の問題じゃないか?」

「というと?」

「私が目につくのは君が私を気にしているから」


薄い唇が誘うように笑みの形を作った。この人のこういう表情はその妖艶さに反してなぜだか親しみを感じさせることがある。少なくともロックウェルにとっては。
ロックウェルは顎に手を当てて考えるような仕草をした。背もたれが軋んで音を立てた。


「へぇ。なるほど。そうかもしれない。よくわかってるじゃないですか」

「別に」


書類をまとめて端におき、羽ペンをインクに浸す。流れるような文字は彼のサインで、彼自身と同じく美しくどこか危うげな不安定さが滲んでいた。
軽く伏せられた睫が乾きを感じて時折動き、生命の躍動を感じさせる。

何枚目かの報告書にサインを書き終えたとき、フレデリックの握る羽ペンが、手持ちぶさたにふわふわと揺れた。



「……閣下が好きだって」

「え?」

「閣下が、この髪好きだって。だから切らない」


ガラス玉のような瞳がロックウェルを見返した。
挑戦的に、だがどこか決まり悪そうな不安定な色が浮かんでいた。


「そういうこと、言いますかね……」

「君が聞いたから答えただけだ」

「まぁ、わかってますけど」

「何が」

「あなたがどんなに閣下を慕っているか。わかってるんですけど」

「けど?」


視界を遮る前髪を額においた手で握った。それからロックウェルの瞳は決意したような確固たる動きをした。フレデリックの眉根にも力が込められた。


「……腹立つ」


吐き捨てられた愚痴に、フレデリックの繊細な唇がピクリと微かに震えた。
それが笑みの形になる前に、ロックウェルはぐいと前屈みになって唇を重ねた。そこにある何かを取り除いたような、或いは何かを置いてきたかのような意味合いを感じさせる一瞬のキスだった。
靄のような沈黙が離れた唇と交わる視線の間をふわりと通りすぎて、それから何事もなかったかのようにロックウェルは立ち上がり机の上の書類を手にとった。


「とりあえず終えた分だけ持っていっておきます。夕方あたりにまた来ますよ」


書類の束を宙でちらつかせて背を向けたロックウェルを、フレデリックはじっと見つめていた。手にした羽ペンの先から垂れたインクが机を汚していたが全く気が付いていないようだった。人を縛り付けるような視線が、或いはそれが可能だと信じているような視線がロックウェルに向けられていた。その視線の意味を恐らく本人以上に理解しながらも、ロックウェルは乾いた紙の音をあとに残してドアを閉めた。冷えた靴音が段々に遠ざかる。
行き場のない沈黙が唐突に放り出された部屋で、机の脚を蹴る音が響いた。